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岡山地方裁判所 平成4年(行ウ)11号 判決

原告

岡田光洋

右訴訟代理人弁護士

山本勝敏

被告

永礼達造

右訴訟代理人弁護士

下田三千男

主文

被告は、津山市に対し、金七三六万四五〇〇円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二〇分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、津山市に対し、金七七五万八四四一円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

第一項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、津山市に住居を有する津山市民である。

被告は、平成二乃至四年当時、津山市長の職にあった者である。

2  事件

① 石碑設置工事

平成四年二月一三日、被告と岡山県苫田郡鏡野町沖二〇〇の二所在の長尾石材有限会社との間において、津山市立津山西中学校の校名校章石碑設置工事について、津山市を発注者、長尾石材有限会社を受注者とする請負契約が、請負代金七三六万四五〇〇円で締結され、同年四月七日、津山市から長尾石材に対して同額が支払われた。津山市は、河原義正から、右工事に使用した石碑用の花崗岩質自然石及び台座石の寄付を受けた。

② 調査

津山市財務部契約監理室室長山本登一、同室契約主幹辻並昌人は、平成四年四月、津山市契約規則及び津山市建設工事請負契約指名競争入札参加資格審査要綱に基づいて、平成四年度指定業者指名申請書を提出した建設業者を対象とする調査を行うことを計画し、同室検査主幹西龍馬、同室主任光井俊之に指示し、同年五月八日から六月二六日までの間、前記指名申請書を提出した市内建設業者の実態調査と称して、各事業所へ立ち入り、帳簿類の提出を求め、機械設備等を見分するなどして、調査を実施した。

3  違法性

① 石碑設置工事

本件石碑設置工事に使用された石碑用の石等の寄付は、河原義正が右石碑設置工事を請け負った元請業者の下請業者となることを条件としてなされた負担付寄付であった。したがって、右寄付は地方自治法九六条一項九号に該当し、普通地方公共団体の議会の議決事項であった。ところで、右議決はなされておらず、右寄付を受けた津山市の措置は、同法に反する違法なものである。

本件石碑設置工事請負契約は、地方自治法二三四条二項、同法施行令一六七条の二第一項、津山市契約規則二六条、津山市契約規則等により、本来競争入札によるべきものであった。ところが、津山市は、法令規則等に反し、随意契約の方法をとったばかりか、随意契約における業者の資格、選定、調査等に関する津山市契約規則上の諸規定を無視し、津山市の建設工事入札参加者資格を有しないどころか建設業法三条の許可すら有しない無許可無登録業者である長尾石材有限会社を請負業者とし、所定の手続を経ないで、河原が下請業者として工事を施工するに任せた。

② 調査

建設業者に対する経営事項審査及び立入検査の権限は、建設業法二七条の二三、三一条により建設大臣又は都道府県知事に限って有するものであり、法令上、市長又は市職員に右権限は存しない。にもかかわらず、津山市は、前記2②の調査を実施したものであるところ、右調査は、津山市がこれを拒否した業者に対して入札参加資格の等級格付けを行っていない実態に照らすと、強制力の行使というべきである。したがって、右調査は、強制力の行使を限定した法の趣旨に明らかに反し、法令上の根拠を欠く違法なものである。

4  責任

① 石碑設置工事

支出負担行為である本件石碑設置工事の専決権者は津山市教育委員会の教育次長であり(津山市事務決裁規程一四条)、随意契約の選択、業者の決定は指名委員会の専決事項である(津山市建設工事等入札指名委員会規程)。しかし、教育次長の専決権、指名委員会の専決権も本来は津山市長の権限であり(地方教育行政の組織及び運営に関する法律二四条)、ただ、事務処理の合理化を図る観点から規程により専決権を委任しているにすぎない。したがって、本来の権限者である津山市長は、専決権者に対する指揮監督上の落度があれば、地方自治法二四二条の二第一項四号により津山市に対して損害賠償責任を負うべきである。

ところで、河原は、石碑を寄付すると称して津山市職員に対して同市には無用の石碑設置工事を強要し、種々画策して同市から特定の業者に対して不相当に多額の請負金額で右工事を発注させ、自らがその下請となって請負金の大半を手中に収め、私利をむさぼったものであるが、河原の不当な行為に対し、津山市長である被告から右工事に関する専決委任を受けていた教育次長は、右工事が河原の私利のためのもので、津山市に無用のものであることを認識しながら、河原の言うまま右工事の実施を決定し、指名委員会は、右同様、随意契約を締結すべきでないのに右工事を随意契約とすることと決め、しかも、随意契約締結の際にまもるべき諸規定を無視し、河原の推す長尾石材有限会社を受注業者に選定し、河原がその下請となって工事を施工し、不当に利得するのを放置したものであり、これら津山市職員らの行為により、同職員らは、津山市に対して損害賠償責任を負うものというべきところ、被告は、専決を委任した本来の権限者である津山市長として、専決権者である教育次長や指名委員会に対する指揮監督を怠り、右専決権者らが財務会計上の違法行為をすることを放置してこれを阻止しなかったものであるから、津山市に対して損害賠償責任を負うものというべきである。

② 調査

被告は、前記2②の調査について、後記5②のとおり津山市の公金を支出したが、右は職務外行為に対する違法な公金支出というべきであり、津山市に対して不当に損害を与えるものである。したがって、被告は、前項同様、津山市に対し、損害賠償責任を負う。

5  損害

① 石碑設置工事 七三六万四五〇〇円

津山市は、長尾石材有限会社との間において、平成四年二月一三日、本来必要のなかった本件石碑設置工事の請負契約を代金七三六万四五〇〇円として締結し、同年四月七日、右会社に対し、右請負代金を支払うという無用の支出をし、同額の損害を被った。

② 調査 三九万三九四一円

a 西龍馬の給与相当額 一三万〇五三四円

西龍馬の一か月の基本給と諸手当を合算した金額五一万四八八五円に、年間月数一二を乗じて算出した年間収入を所定勤務日数二八四で除した数値に、同人が調査に従事した日数六を乗じて算出した金額

b 光井俊之の給与相当額 二五万〇二五一円

光井俊之の一か月の基本給と諸手当を合算した金額は三四万八三九〇円に、年間月数一二を乗じて算出した年間収入を所定勤務日数二八四で除した数値に、同人が調査に従事した日数一七を乗じて算出した金額

c 自動車運転手当 五〇四〇円

運転手当日額二四〇円に、調査日数二一を乗じて算出した金額

d 公用車ガソリン代 八一一六円

調査に要した公用車の走行距離八七二キロメートルを、公用車の燃費一三キロメートル/リットルで除したものに、ガソリン一リットル当たりの購入単価一二一円を乗じて算出した金額

③ 合計 七七五万八四四一円

6  監査請求

原告は、平成四年八月二〇日、津山市監査委員会に対し、地方自治法二四二条一項に基づいて、前記2①、②の事件について監査請求をしたところ、監査委員会は同年一〇月一七日、右監査請求を棄却した。

7  まとめ

よって、原告は、被告に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づいて、津山市に対して損害賠償金合計七七五万八四四一円の支払をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2①、②はいずれも認める。

請求原因3①、②、4①、5はいずれも争う。

請求原因6は認める。

請求原因2①の石碑設置工事に使用された石碑用の自然石及び台座石の寄付は、原告主張のような負担付寄付ではなく、市議会の議決は必要がない。

本件石碑設置工事は、特殊な技術、機器、設備を要する工事であり、請負可能な業者も少なく、発注者である津山市に石碑等の設計基準や標準価格が存しないことなどの事情から、随意契約によることとしたものであり、競争入札によらなかったからといって直ちに違法となるものではない。右工事を請け負った長尾石材有限会社は建設業無登録業者であったが、この点は、随意契約としたことが違法かどうかとは関係のないことであり、問題とならない。また、河原の強引な行為によって右工事請負契約締結に至り、右請負代金額が多額に過ぎたとの点は、随意契約としたことが違法かどうかとは関係がないことである。なお、この点は、津山市議会のいわゆる一〇〇条委員会で審理された事項ではあるが、当初より監査委員の監査対象とされておらず、その監査を経ていないから、監査請求前置を欠き、本訴では審理の対象とならない。

請求原因2②の調査は、建設業法二七条の二三の定める経営事項審査や同法三一条の定める立入等の検査ではなく、地方自治法二三四条、同法施行令一六七条の五、一六七条の一一、津山市契約規則四条、二三条、津山市建設工事請負契約指名競争入札参加資格審査要綱五条等に基づいて、適正な審査の資料を確保し、これにより市民の利益のためにできるだけ良い請負業者を探し出す目的で、申請業者の同意を得て実施したものであり、強制力の全くないものであるから、何ら違法ではなく、被告に何らの責任も生じない。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者

請求原因1は当事者間に争いがない。

二  事件

1  石碑設置工事

請求原因2①は当事者間に争いがない。

2  調査

請求原因2②は当事者間に争いがない。

三  違法性

1  石碑設置工事

前記二1の事実に加えて、甲第一、第三号証、第五乃至第三三号証、第四三、第四四、第四七、第四八号証、第五〇乃至第五二号証、乙第一、第二号証(枝番を含む)、証人川端啓二、同河村孝三及び同山本登一の各証言、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

津山市役所職員らの間では、従前より、河原義正について、度々市庁舎にやってきては意に沿わないと職員を大声で罵倒し長時間にわたって執拗に事務を妨害するなどしてはばからない面倒な人物であるとの風評があり、畏怖されていた。

津山市は、河原から津山西中学校脇の法面が崩れ掛かっているとの指摘を受けて、平成二年度に右法面整備を含む同中学校環境整備事業の実施を企図していた。河原は、同年一〇月ころ津山西中学校にピアノを寄付して津山市教育委員会から感謝状を授与されたが、その際、同委員会教育総務課管理主査川端啓二は、同委員会参事八木繁の指示(なぜこのような指示がなされたかは不明である)により、河原に対し、右環境整備事業計画の説明をしたところ、同人は、法面に右中学校名を表示する石碑を設置しようなどと言い出し、石碑用の石の寄付をしたいなどと持ちかけたが、川端主査は、同委員会側に石碑設置の計画も予算もないことから聞き流していた。

ところが、その後まもなく、河原は、自ら寄付する石を使用する石碑設置工事が既定の事実であるかのような態度で、右設置工事を強硬に要求するようになり、平成三年一月一六日、津山市企画調整部長室において、企画調整部長田原清資、総務部長玉置恵治、教育次長藤田公男、八木参事、教育委員会主幹西龍馬、川端主査ら津山市職員が応対し、川端主査が、河原の申し出を断わるつもりで、「あれは冗談かと思った」などと言ったところ、河原は激昂の態を示し、川端主査に対し大声で「こんな職員は首にしてしまえ」などと暴言を吐き罵倒の限りを尽くして責めたて、石碑設置を要求した。翌一七日も、河原は午後五時頃津山市役所教育長室を訪れ、更に強硬かつ執拗に石碑設置を要求し続けたため、教育長荻原賢二、藤田教育次長、八木参事、西主幹、川端主査ら教育委員会職員が午後一〇時頃まで応対を余儀なくされた。同月一九日、八木参事、西主幹は、津山西中学校に赴き、河原が石碑設置を要求する土地を見分するなどしたが、その際にも河原はその場に現れた。同月二一日、八木参事は、河原の要求に辟易し、当座の要求を回避するため、西主幹及び川端主査らに命じて「津山西中の法面整備に関する基本方針」と題する書面を作成させたうえ、これを河原に示した。右書面には、石碑を設置する場合、法面の中段に校章を彫り込んだ天然石及び「津山市立西中学校」と彫り込んだ銘板をはめ込むためのコンクリート台座を造る旨の記載があった。

八木参事は、平成三年六月一日異動により津山市教育委員会外に転出し、教育次長として村上光、教育庶務課長として福島敏也、教育管理主幹として河本逸郎が着任したが、八木参事は、石碑設置に関する河原の要求や同人に示した書面の存在等について引き継ぎをしなかった。同月二四日、河原は同教育委員会を訪れ、石碑設置計画の進行状況を問い質したが、福島課長、河本主幹らは、八木参事からその点の引継を受けていなかったため、河原は激怒して怒鳴り出した。不審に思った村上教育次長、福島課長らは、八木参事に対してその点を問い合わせたが、同人の説明は要領を得なかった。それを口実に、河原は怒り狂った態を見せ、同日夕刻から翌早朝まで、同教育委員会において、執拗に石碑設置計画の教育委員会内部での引継状況を追及したり、石碑設置を要求したりして、村上教育次長、福島課長、河本主幹、川端主査らを足止めして帰らせなかった。河原は、同年七月一日にも津山市役所に押し掛け、勝手に助役室に入ったが、室井幸男助役が不在であったことから企画調整部長室に入り、同所において、村上教育次長、福島課長、河本主幹、川端主査ら職員に対し、石碑設置を要求し続け、それは翌二日午前二時までに及んだ。職員らは、当時河原に対して畏怖嫌悪の情を抱き、来ない日はほっとするといった異常な心理状態にあり、その日も、同人の強圧的な態度に怯え、応対しないと再々職場に押し掛けてきて職場全体の職務停滞を来すのではないかとの危惧もあって、応対を拒絶しなかった。同日午前九時頃、村上教育次長は、教育長室において、福島課長、河本主幹らと共に、八木参事、西主幹らから河原が執拗に要求する石碑工事計画の経緯について事情聴取をしていたところ、再び河原が現れて混乱を生じたが、その際、八木参事は、以前河原の当座の要求を回避するために作成して同人に示したことのある書面の存在を思い出し、これをその場に持参させたところ、河原はこのコピーををとって助役室へ行き、居あわせた室井助役にこれを示して、河原の寄付した石による石碑設置工事が約束された既定の事実であるなどと主張して、自らの構想する石碑設置工事内容を開示し、その実施を要求した。室井助役は、右書面記載の石碑設置工事計画の内容と河原が要求する石碑設置工事の内容が些か相違していることに気が付いたが、この点には触れず、河原を追って直後に助役室にやって来た村上教育次長及び福島課長に対し、予算の枠内で河原が要求するとおりの石碑設置工事をし、河原から石碑用の石の寄付を受ける手続を進めるよう指示した。

右指示の後、福島課長及び河本主幹は、河原から寄付する予定の石碑用の石が同人の知人の会社である長尾石材有限会社に存在する旨教えられて、当該石の見分に赴くなどしたが、台座石は河原が確保していなかったため、同人の要求により、同年七月二五日、同人に羽出川から台座石を採石させる目的で、教育次長名で岡山県知事に対し河川法に基づく採石許可を申請し、これを河原に依頼した。

教育委員会は、平成三年八月二〇日頃、同年度の津山西中学校環境整備事業の敷地整備工事において、当初予定していた工法を一部変更し、これにより約六五〇万円の工事費が浮いたため、これを河原の要求する石碑設置工事に流用することとした。更に、石碑用石の測量や文字のデザイン等の検討をし、その内容は河本主幹から村上教育次長に、更に室井助役に報告され、協議がなされた。

河原は、教育委員会に対し、石碑用の石及び台座石の寄付を申し出ていたものの、未だ正式の寄付をしていなかったため、石碑設置予定地である法面について実施される平成三年度事業としての法面工事との一体施工が手続上できなくなり、分離発注せざるを得なくなった。同年一〇月頃、村上教育次長は室井助役に右事情を説明し、了解を得た。なお、この時点では未だ台座石のめどはたっていなかった。河原は、平成四年一月頃、石碑用石を長尾石材有限会社から一五万円で購入し、台座石を浜中石材から八万円で購入したうえで、津山市に対し、右各石を寄付する旨の手続をとった。

平成四年一月中旬頃、教育委員会から、津山市建設工事等入札指名委員会の庶務を司どる契約監理室に対し、石碑工事に関して、数業者によるいわゆる見積合わせの手法で業者選定を行いたい旨、見積依頼先業者として長尾石材有限会社、有限会社田渕石材、有限会社宇津見石材店の三社としたい旨の意向が示された。右三業者を候補とした理由は、請負工事が石碑の石彫りという特殊工事であること及び津山西中学校の近所であることであったが、長尾石材有限会社(苫田郡鏡野町所在の業者で、津山市に営業所を有する)については、河原からの強力な推薦によるものであった。これを受けた契約監査室長山本登一は、石碑設置工事の実施決定に至る河原と教育委員会の間の経緯を聞き知っていたことから、教育委員会側に対し、長尾石材有限会社を候補業者とするのは不適当ではないかとの意見を述べたが、教育委員会側からは「どうしても外せない」との意向が強く、山本室長は、石碑設置工事の請負受注の本命が右会社である旨察知した。

契約監理室では、教育委員会の右意向に沿うべく、石碑設置工事のうちの土木工事部分についてはその積算基準に基づいて単価等の検討を行ったものの、特殊工事部分である石彫り工事については明確な積算基準がないという理由で、津山市契約規則の諸規定を無視し、専門的技術の要否、工事費の相場等について格別調査もせず、予定価格も決めず、随意契約締結の場合の指針である「津山市契約規則の運用解釈について」(昭和六二年一二月一七日通達第七号)の条項に該当するのか全く検討せず、教育委員会から提出された材料費単価や設計金額等を鵜呑みにし、教育委員会が挙げた三社が津山市契約規則上の建設工事入札参加資格業者であるかどうかの調査すらしないまま、石碑設置工事に関する随意契約案及び右三社をその請負契約対象業者とする案を作成し、これを津山市設計工事等入札指名委員会に提出した。同委員会は、同月三一日、契約監理室から提出案に従い、その不備を指摘することもなく、石碑設置工事を右三業者の見積り合わせによる随意契約とする旨決定した。

平成四年二月一日、川端主査らが、教育委員会において、長尾石材有限会社、有限会社田渕石材、有限会社宇津見石材店の三社に対する石碑設置工事の見積依頼書の発送準備をしていたところ、河原が現れ、「自分が手渡してやる」などと称して、右三通の見積依頼書を持ち去ったが、川端主査らは河原を恐れて制止しなかった。河原は、右三通の見積依頼書を持ち帰ると、一通を有限会社田渕石材に、一通を有限会社宇津見石材店に持ち込み、それぞれ白紙の見積書に会社印だけ押捺するよう依頼し、内容白紙の見積書の交付を受けた後、勝手に有限会社田渕石材分の見積書の金額欄に八二九万四四四八円と、有限会社宇津見石材店分の見積書の金額欄に八四一万一五〇六円と記入し、残りの一通を長尾石材有限会社に交付し、同社代表者と相談の上、右会社の見積書の見積金額欄に七七一万三四九六円と記入したうえで、同月一〇日、右三通を福島課長に届け出た。

教育委員会から右見積合わせの結果通知を受けた契約監理室では、これを入札指名委員会に報告し、同委員会は、平成四年二月一二日長尾石材有限会社を石碑設置工事の請負業者に決定した。その際、同委員会は、教育委員会に対し、右会社との契約代金額は従来の慣行のとおり見積額より安くするよう指示した。これを受けて、同委員会は、右会社代表者と協議し、同行してきた河原の了解を得て、契約金額を七三六万四五〇〇円と定め、右会社との間で石碑設置工事請負契約を締結した。この結果、右会社は、津山市の建設工事入札参加資格を有せず建設業法三条の許可も有しない無登録業者であるにもかかわらず、石碑設置工事を請け負い施工することとなった。

ところで、長尾石材有限会社は、石碑設置工事のうち、碑の石彫り、石碑及び台石の合場切、台石の建込み等のみを施工し、その余の岩組み、階段、敷地、基礎コンクリート打ち、残土処理等については、全て河原に対して下請けさせ、同人が施工した。同人も、津山市の建設工事入札参加者資格を有せず建設業法三条の許可も有しない無登録業者であった。なお、津山市契約規則六四条では請負業者が下請に出す場合には、その旨申請して市長の承認を必要とするが、右会社及び河原は右手続もとらず、津山市職員らもこれを知りながら放置した。

石碑設置工事は、平成四年三月三〇日完成したが、石碑の裏側には設計図面、仕様書にはない「寄贈、碑、台石、河原義正」の文字が勝手に彫り込まれていたが、教育委員会職員らは、河原恐さゆえにこれを放置した。

平成四年四月七日、津山市は、長尾石材有限会社に対し、石碑設置工事請負代金として七三六万四五〇〇円を支払い、同月一〇日、右会社は、河原に対し、五四二万九〇四五円を支払った。

その後、河原は、暴力事件を起こし、津山西中学校環境整備事業をめぐって、同人の画策や教育委員会等津山市側の不鮮明な対応がとり沙汰されるようになり、平成四年六月には津山市議会に地方自治法一〇〇条に基づく調査特別委員会が設置され、同委員会による調査が開始された。

右調査特別委員会の調査によると、本件程度の石碑設置工事の通常の代金は、石彫り賃、石の合場切等で一〇〇万円程度、その余の工事も三六〇万円程度、合計四六〇万円程度と見積られた。

平成五年三月、右調査特別委員会は、調査結果を公表し、その中で、津山市職員らが河原の常軌を逸脱した要求を拒むことなく、ついには当時の助役や教育次長がこれを呑み、不正な業者選定や請負代金額の決定により、計画も予算の裏付けもなかった石碑設置工事のため、津山市の公金七三六万四五〇〇円を不当に支出し、同市に同額の損害を生じたとして、河原、長尾石材有限会社、当時の助役及び教育次長に対して損害賠償を求めるべきであり、他方、綱紀の粛正等を求めるなどの提言をした。

これを受けて、被告(津山市長)は、平成五年九月、自ら、助役及び収入役について減給のための条例措置をとり、関係した職員らについては懲戒等の処分に付したが、右調査特別委員会が求めた損害賠償の請求はしなかった。

また、設置された石碑については、津山市民より「津山西中の石碑撤去を求める会」なるものが結成され、同会から市議会に対して石碑撤去の陳述が提出され、平成六年三月二三日これが採択され、石碑は撤去された。

以上のとおり認められる。

右認定事実によれば、河原義正は、津山市職員らに対し、石の寄付に藉口して同市が計画も予算措置もとっていなかった石碑設置工事の施工を強要し、種々画策して知人が代表取締役である長尾石材有限会社に不当な高額の請負代金で右工事を受注させ、自らがその下請となって右代金の大半を手中に収め、私利をむさぼったものと認められ、これに対し、職員らは河原の行為を不当と認識しながら、同人の異常なまでに強圧的で執念深い態度に恐れをなし、同人に屈服して言いなりになり、助役及び教育次長においては、右工事が津山市に無用のものであることを承知しながら、同人の意を迎えるべく右工事の実施を決定し、契約監査室及び指名委員会職員らにおいては、右同様、随意契約を締結すべき案件でもないのに、津山市契約規則上の随意契約要件の検討すらしないで、右工事を随意契約によることとしたばかりか、随意契約締結の際に必要な同規則上の諸規定(予定価格決定、見積依頼書徴収等の手続規定)を無視して、河原が押し付けてきた長尾石材有限会社を選定し、河原がその下請となって工事を施工し、利得するのを放置したものと認められ、これら津山市職員らの行為は、公務員としての職責を放棄し、不逞の徒輩の私利私欲のお先棒を担ぐ結果となるのを認識しながら、種々の法令違背を黙認し、同市に損害を与えたといったもので、明らかに津山市に対する背任行為であり、石碑設置工事は、これら背任行為によってはじめて実現したものであるから、右工事契約は形式的に違法なものであると同時に、実質的にも違法なものというべきである。

なお、被告は、請求原因に対する認否のとおり、河原の強引な行為によって石碑設置工事請負契約締結に至り、右請負代金額が多額に過ぎたとの点は、監査委員の監査対象となっておらず、その監査を経ていないから、監査請求前置を欠き、本訴では審理の対象とならない旨主張するが、住民訴訟の対象は、監査請求の対象となった行為の違法性一般であり、当該行為について監査請求を経た以上、訴訟段階において、監査請求時と異なる違法事由を主張することは許容されるべきものと解されるところ、甲第一、第三号証によれば、本訴に先立つ監査請求においては、石碑設置工事の違法性が問題とされていることが明らかであるから、本訴において原告が右工事に関して監査請求時には主張していなかった新たな違法事由を主張することは許容されるべきであり、被告の前記主張は理由がない。

2  調査

前記二2の事実に加えて、甲第二九、第三四、第三五号証、証人山本登一の証言、被告本人尋問の結果、調査嘱託の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

津山市においては、同市建設工事請負契約指名競争入札参加資格審査要綱五条により、指名競争入札の参加資格審査は、入札参加資格審査の申請を行った者に対し、建設業法二七条の二三による経営規模、その他経営に関する客観的事項の審査の結果並びに工事成績、技術職員の雇用及び事務所の状況、営業用機械の保有状況、労働保険、社会保険及び退職金制度の状況、不誠実な行為の有無その他の信用状況その他市長が必要と認める事項に関する審査の結果に基づいて、点数を付して、等級格付けをすることによってなされ、入札参加資格審査決定を受けた者は、当該決定の日の翌日から一年間入札参加資格を有することとされている。右審査の一環として、津山市財政部契約監理室の職員が各申請者の事務所を訪問し、従業員の源泉徴収の控え及び賃金台帳、指名申請書中のすべての写しの原本その他の書類の提示、提出等を求め、機械設備等を見分するなどし、申請書の内容の信憑性等を確認するなどの調査を行う扱いとなっている。

津山市財政部契約監理室では、津山市契約規則に基づいて平成四年四月指定業者指名申請書を提出した建設業者らに対し、調査日時、調査項目(職員の源泉徴収の控え及び賃金台帳、指名申請書中のすべての写しの原本、その他)等を記載した同年度津山市建設工事入札参加資格申請にともなう実態調査の実施に関する書面を送付した上で、同年五月八日から六月二五日までの(実日数二一日)間、同室検査主幹西龍馬、同室主任光井俊之が右記載の調査日時頃にその事務所を訪問し、右調査に同意した者らに対し、右記載の調査項目についての調査を実施し、右調査の結果によって、必要な勧告や是正措置を講じ、右勧告等に従わない者らに対しては、指名競争入札における指名の保留や等級格付けの降格等を行った。また、右調査に同意せず、これを拒否した建設業者に対しては、格付けをしなかった。その結果、格付けを受けなかった業者は、指名競争入札参加資格を得られないこととなった。

以上のとおり認められる。

ところで、地方自治法二三四条は、普通地方公共団体が私人と対等の立場において締結する私法上の契約について、その締結方法、相手方の決定方法等を定め、同法施行令一六七条の四、五、五の二、一一は、普通地方公共団体が契約の相手方とすべき者の資格要件のほか、普通地方公共団体の長が契約の相手方の資格要件を定めることができ或いは定めなければならないことなどを規定しているところ、右各法令の趣旨からすると、普通地方公共団体の長は、契約の履行確保及び契約相手方選定の公正機会均等保持の必要上、契約の相手方の資力、能力及び技術力等の客観的な資格要件を設定し、右要件への適否の審査をする裁量権を付与されているものというべきである。

前記二2の調査は、平成四年度における津山市の公共事業指名競争入札参加資格審査の一環としてなされ、事前に調査日時、所定の調査項目等を通知した上で、同意した者らに対してのみ実施され、調査内容も、契約の適正な履行確保にかかる客観的事項に限られていたから、その目的、方法、内容等において相当なものであったというべきであり、津山市長の普通地方公共団体の長として入札参加資格審査における裁量権の行使に逸脱があったものとは認められない。

原告は、本件調査が、本来建設大臣及び都道府県知事によって行使されるべき建設業法二七条の二三、三一条による経営事項審査及び立入検査であり、津山市又は同市職員は権限のない調査を実施した旨主張するが、右調査が、入札参加資格審査の一環としてなされたもので、法令により付与された裁量権の行使であることは前記説示のとおりであり、右調査は、建設大臣及び都道府県知事のなすべき経営事項審査及び立入検査とは明らかに性質を異にするものであり、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、津山市職員による調査を拒否した業者に対して入札参加資格の等級格付けがされていないことを理由に、これを法令の根拠を欠く強制力の行使と主張するが、普通地方公共団体の長が私人と対等の地位において私法上の契約を締結するについて、契約の相手方の資格要件を定め、その要件審査を行うことは、法令の要請である以上、調査を拒否した業者について、資格要件の審査ができない場合、契約の適正な履行確保の判定ができないとして入札参加資格の等級格付けをせず、結果的に、その業者に入札参加資格が与えられなかったとしても、右審査制度の性質上やむを得ない帰結であり、これをもって強制力の行使と称すべき筋合いのものではなく、また、業者選定の公正機会均等を害したことにもならないところであり、他に裁量権行使の逸脱を認めるに足りる事情も認められない。

したがって、請求原因3②は理由がない。

四  責任(石碑設置工事)

普通地方公共団体における経費の支出は、通常、支出負担行為、長の支出命令、出納町又は収入役による支出という段階的手続を経て行われる(地方自治法二三二条の三、四)が、同法二四二条の二第一項四号にいう財務会計行為としての支出負担行為である本件石碑設置工事請負契約は、津山西中学校の整備の一環として行われたもので、その決裁権限は本来津山市長に属するが、その専決権者は津山市教育委員会教育次長とされ(地方教育行政の組織及び運営に関する法律二四条四号、市長の権限に属する事務の委任及び補助執行に関する規程四条、三条、津山市事務決裁規程一四条等)、右契約に際しての随意契約の選択、業者の決定等については、指名委員会の専決事項とされている(津山市建設工事等入札指名委員会規程等)。

ところで、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味し、普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体を代表する者であり(地方自治法一四七条)、当該普通地方公共団体の条例、予算その他の議会の議決に基づく事務その他公共団体の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し及び執行する義務を負い(同法一三八条の二)、予算の執行、地方税の賦課徴収、分担金、使用料、加入金又は手数料の徴収、財産の取得、管理及び処分等の広範な財務会計上の行為を行う権限を有する者であり(同法一四九条)、その職責及び権限の内容に鑑みると、普通地方公共団体の長は、規則等の事務処理上の明確な定めにより、その権限に属する財務会計上の行為をあらかじめ特定の吏員に専決させることとしている場合であっても、右専決により処理された財務会計上の行為の適否が問題とされている代位請求住民訴訟において、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当し、普通地方公共団体の長の権限に属する財務会計上の行為を吏員が専決により処理した場合は、長は、右吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うと解するのが相当である。

前記三1認定の事実のとおり、石碑設置工事は、河原の強要に屈した津山市職員らが職務を曲げてまで言いなりに行動した結果実現したものであるところ、右は公務員としてはあるまじき行為であり、行政が一私人に蹂躙されるゆゆしき事態であったほか、河原の不当な行為は長期間にわたり執拗に繰り返され、その範囲は助役にまで及んでおり、これにより市役所の通常業務に影響が出る程度にまで達していたことからすると、通常の市としての職員管理体制がとられてさえいれば、事案の重大性に鑑み、当然最高責任者であり財務会計上の行為を職員に専決委任している市長に対して当然に報告がなされ、対応策がとられるべき性質のものであったというべきであるから、市長である被告は、これら事態を十分に認識し、又は認識し得る立場にあったものというべきである。

被告は、その本人尋問において、河原には面識はあったが、右のような事態については全く知らず、知り得なかった旨供述するけれども、前記認定の状況に鑑みると、知らなかったとの点は容易に信用し難く、また、仮に知らなかったとすれば、職員の管理体制に恒常的な不備、行政の重大事態に際してすら市長が蚊帳の外におかれるといった組織体制の欠陥の存在が推認でき、被告の職員管理義務の遂行に何らかの遺漏があったものと推認するに十分である。もちろん、市職員らが突如故意に結託して市長に秘密で画策を行ったなど特殊なやむを得ない事情が存する場合は別段であるが、本件事案ではそのような事情は認められず、被告には種々の権限を職員に専決委任をしている市長としての職員に対する指揮監督責任を果たしていなかった過失があったものというべきである。

また、前記三1認定の事実からすると、関係職員の行為は津山市に対する不法行為に該当し、職員においても同市の損害について賠償義務を負うものというべきであり、いわゆる一〇〇条委員会の報告により、河原や一部幹部職員に対する損害賠償請求をするよう求められているとおり、同市は右損害賠償請求権を有するものであるところ、被告において右請求権を行使した形跡はないが、右請求をしないで同市に損害を生じたままに放置することを正当化すべき事情も認め難いから、この点においても、被告は、市長として石碑設置工事による同市の損害回復を怠ったことは明らかである。

したがって、被告は、石碑設置工事について専決権を有する職員らに対する指揮監督義務を怠った責任を負う。

五  損害

前記三1認定のとおり、津山市に石碑設置工事により七三六万四五〇〇円の無用の出費を余儀なくされたことは明らかであるから、同市には同額の損害が生じたものというべきである。

六  監査請求

請求原因6は当事者間に争いがない。

七  結論

以上によれば、原告の請求は、被告に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号により津山市に代位して同市に対し石碑設置工事代金相当損害金七三六万四五〇〇円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言の申立はその必要を認め難いから却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢延正平 裁判官白井俊美 裁判官種村好子)

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